2010年8月16日月曜日

『信条』すなわち『信』

今の日本人は信じることと、宗教心を同義語のように考えがちですが、それは違います。


まったく違います。幼児が母親を信じることは、宗教ではありません。

『信』は大人になるにつれ、薄れてくるようです。

なぜ、『信』が大切かと言うと、『信』があると何事にも耐えうることが出来るからです。

キリスト教 イスラム教などが第一条に「私(神)を信じなさい」とあるのは、強く生きるための応用編なのです。

しかし、『信』には「猛信」「狂信」といった間違った『信』があります。

これはオウムなどの新興宗教などに代表される、狂った『信』です。注意してください。

かつて、松下幸之助、とか、ヘレンケラーとか、マザーテレサとかいろいろな偉人がいますが、彼らは、すべて『信条』で生きています。

『信条』すなわち『信』です。

『信条』で生きる人は不思議と神に祈るようです。

答えになっていませんが、頑張ってください。

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