今の日本人は信じることと、宗教心を同義語のように考えがちですが、それは違います。
まったく違います。幼児が母親を信じることは、宗教ではありません。
『信』は大人になるにつれ、薄れてくるようです。
なぜ、『信』が大切かと言うと、『信』があると何事にも耐えうることが出来るからです。
キリスト教 イスラム教などが第一条に「私(神)を信じなさい」とあるのは、強く生きるための応用編なのです。
しかし、『信』には「猛信」「狂信」といった間違った『信』があります。
これはオウムなどの新興宗教などに代表される、狂った『信』です。注意してください。
かつて、松下幸之助、とか、ヘレンケラーとか、マザーテレサとかいろいろな偉人がいますが、彼らは、すべて『信条』で生きています。
『信条』すなわち『信』です。
『信条』で生きる人は不思議と神に祈るようです。
答えになっていませんが、頑張ってください。
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